第8集 2005-04-17
剱崎バス停からの道に合流しました。 左が間口漁港、手前が剱崎バス停、そして右が剱崎灯台への道です。

車でも行けますが道が狭く離合困難な上、灯台の手前の駐車場までしか行けないので、バス停からのんびり散歩することをおすすめします。


海を見るとダイナミックな地形が展開しています。

かなり近くなってきました。

あとひといきです。

剱崎灯台に到着しました。
灯台のまわりには何もありません。 波の音を聞きながら芝生に座り、青い空をバックに灯台をゆっくり眺めるのもよいかもしれません。

灯台の奥では風力発電機が強風に吹かれくるくる回っていました。 実験中の発電機だそうですが、用途は灯台の電力用でしょうか。

灯台の光度480,000cd(カンデラ)、光達距離17.5海里(32km)。 複合群閃白緑互光(30秒毎に白色2閃光と緑色1閃光)という若干特殊な光り方をします。 緑色なのは湾の左側に位置するからでしょうか。 対岸の洲崎灯台は単閃赤白互光(15秒毎に赤白1閃光)と、赤色が光ります。

ILLUMINATED 1st MARCH 1871
明治四年辛未正月十一日初点
灯台の初点灯に関する銘板です。 英語と日本語で日付が違うようですが、太陽暦1871-03-01→旧暦明治4年辛未(かのとひつじ)=1871-01-11だそうです。
開国して外国の要請により設置された灯台の一つです。 130年以上の昔から、日本の最重要航路である東京湾の道しるべとして存在しています。 なお、現在の灯台は関東大震災後の1924年に再建された2代目です。

台地が大きくえぐられた谷の向こうには、荒々しい海の景色があります。

これも灯台の一種。 無線方位信号所(中波無線標識)で、電波により位置を知らせます。

谷の方に下りてゆきましょう。


下りてきました。 例の道しるべがあります。 灯台の下を通り、剱崎の先端に行ってみようと思います。

いまにも崩れそうな岩山。


剱崎の先端まできました。 釣り人がいます。

ざっぱーん!

大浦海岸方面をのぞみます。

後ろを振り返ると灯台が見えます。

剱崎。
徳川幕府の官材を積んだ五百石船が、この沖で暴風のため難破し、木材もろとも船は海底に沈んだ。 そこで海南神社の神主が海に剣を投じて龍神の怒りを鎮めてもらおうと祈ると、すぐに風波が静まり、沈んだ官の木材がことごとく浮び出たという。
環境省・神奈川県の案内看板によると剱崎の名前の由来はこのような伝説によるそうです。 地元の方は「つるぎざき」より「けんざき」の方が通りがよいようです。 戦後「剣崎(けんざき)」という通称が広まったためです。 しかし、昔ながらの地名に戻そうという運動が起こり、再び「剱崎(つるぎざき)」の名称に統一するようになりました。 ただし、小学校はいろいろな事情から唯一「剣崎(けんざき)」の名前を残しています。

剱崎を後にし、間口漁港を再び通り、松輪バス停まで行きます。 ここを終点にしようと思ったのですが、バスの時間まで十数分あります。 始発の剱崎バス停まで行くことにします。
県道沿いには花壇がありとても色鮮やかです。

剱崎への分岐点です。 バス停はもうすぐです。 いやぁ、ずいぶんと遠回りをしてしまいました。

剱崎バス停に到着です。 今回のみさきめぐりはここを終点にします。

今回はちょっと準備不足で、かなり道に迷ってしまいました。 どれだけ迷ったかは下の地図を見てもらえばわかると思います。

(国土地理院数値地図50000(地図画像)「横須賀」をカシミール3Dで読み込みGPS軌跡をプロットし150%に拡大しました)
調べてみると、雨崎のあたりは戦時中の砲台跡など近代遺産の宝庫だそうです。 この台地に次の作物が育つ頃、再び歩く予定です。